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すずめやへ

執筆者の写真: すずめやすずめや

初のクラフトフェア出展のため浜松にやってきた。

浜松にはすずめやがある。

すずめやに行かなくては。


ひとつめのすずめやは池袋にあるどら焼き屋さん。

ふっくらした粒あんで、甘みも控えめで大変に美味しいどら焼き屋さんだ。

もはや行列予約必至の有名店であるそうだ。

樹木希林主演の"あん"というどら焼き映画でも監修を務められていて、クレジットにすずめやの名前を見つけたときはぜんぜん関係ないくせになんだか誇らしい気になった。

薄暗い店内にひかるあんこの粒、ゆらりとたちのぼる湯気の映像、陰翳礼讃の美しいシーンがあった。


ふたつめのすずめやとなる浜松のすずめやは焼き鳥屋さんであった。

駅の近くにある、老舗の焼き鳥屋さん。

腰の曲がったおかあさんと、息子さんだろうか、初老の男性2人で切り盛りされているカウンターのみのこぢんまりとしたお店だった。

目を見張ったのは店内の清潔感。

もしかしたら自分たちで壁を張ったり棚をこしらえたりしたのかもしれない、と思うような箇所がいくつも見られ、貼ってある名言やメニュー表はずいぶんくたびれていたのだけど、こういうこぢんまりとした老舗にありがちの、たまった埃や油汚れのようなものが見られなかった。

店員さんのエプロンやお洋服も、こだわりがあるものではなさそうだったけれど、買ってきたばかりのものみたいにぴしっと清潔であった。

まるでドラマのセットみたいな清潔感。


カウンターの端っこに座って油揚げと串をいくつか頼んだ。

油揚げも串も、炭火で丁寧に焼かれた。

焼けていく串をひっくり返す所作、キャベツを皿に乗せる所作、どれひとつとっても焦りのようなものがなかった。

ぞくぞくとお客さんがやってきて、炭火の焼き台にぎゅうぎゅうに串を載せるようになってもその所作は変わらなかった。


むかし働いていたバーのようなお店で、マスターに口酸っぱく言われたことを思い出した。

まずは仕事を丁寧に続けること。

どれだけ立て込んでいても、オーダーが溜まっていても、丁寧に仕事を続けていたら丁寧な仕事をしたまま作業のスピードがあがるから。

忙しいからといって手を抜いた仕事をすると、癖になる。


京大近くのその店は、学生さんたちがわっと集まって飲み放題を注文し、急に忙しくなることが多かった。

そのなかで繰り返された注意だった。

マスターはヒゲでロン毛で男前の、仕事の終わる深夜にはグラマラスなお姉ちゃんがかわるがわるしっとりと迎えにくるような軟派な男性であったけれど、学生ばかりのバイトたちを彼なりにすごく大切にしてくれていたなと振り返り思う。

そのお店が閉店することになったとき、餞別にもらったたぬきの置き物は岩手にも一緒に連れてきて、いまもうちの玄関に佇んでいる。

朝方まで働くシフトの店で、厳しい教育にもう嫌だわとぶちぶち言っていたのだけど、閉店のときには自分でも驚くほど落ち込んだんだった。


浜松のすずめやでは記憶の底に落ちて、まったくいままで思い起こしもしなかった、そのお店をしみじみ思い出した。

業種も雰囲気もぜんぜん違うけど、忙しくても丁寧に仕事をすること、終業後に一時間以上かけて店を綺麗に掃除すること、媚を売る接客はしなくていいが、お客のグラスがあいていたり、お箸を落としたり、そういう細かなことを絶対に見逃さないこと。

制服のポロシャツも、洗濯して乾燥まできちんとやって帰ることになっていた。


マスターは元気かな。

まだ京都で飲食店をやっているのかな。

グラマラスなおねえちゃんの誰かと幸せに暮らしていたらいいな。


割り箸より長い、大きな香ばしい油揚げにはしらすと生姜とねぎがたっぷり載っていた。

熱燗をお供にそれをかりかり食べながら、締めにおでんを注文して、どのメニューもあのお店にはなかったのに、磨き上げられたおでん鍋から取り出されるわたしの黒はんぺんと白滝をみながら、百万遍のあの店を思い出していた。



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